最高裁判所第三小法廷 昭和32年(あ)2956号 決定 1961年5月23日
主文
本件上告を棄却する。
理由
弁護人西海枝信隆の上告趣意第一点について。
所論は違憲をいう点もあるが、実質は、原審が弁護人の証人申請を採用しなかった点を非難する単なる訴訟法違反の主張と、犯意に関する事実誤認の主張とに帰着し、刑訴四〇五条の上告理由に当らない。なお、憲法三七条二項が、事実審裁判所の証人採否の裁量権行使を妨げるものでないことは、当裁判所屡次の判例とするところである(昭和二三年七月二九日大法廷判決刑集二巻九号第一〇四五頁等)。
同第二点について。
所論は、原審が被告人の所為を単純一罪とせずに、二罪としたのは法律の解釈を誤ったものであり、且つその結果、一審が被告人に対し懲役六月の一個の刑を言渡したのに対し、被告人のみの控訴に係る原審が自判において、懲役二月と同四月の二個の刑を言渡したのは、不利益変更禁止の原則に違反するとして単なる法令違反を主張するものであり、刑訴四〇五条の上告理由に当らない。
また記録を調べても同四一一条を適用すべきものとは認められない。
よって同四一四条、三八六条一項三号により裁判官垂水克己の少数意見があるほか、裁判官全員一致の意見で主文のとおり決定する。
裁判官垂水克己の少数意見は次のとおりである。
私は職権で原判決を破棄し自判して被告人に対し無罪を言い渡すべきものと考える。
原審は、被告人が情を知って偽造にかかる判示山形県公安委員会作成名義の自動三輪車運転免許証一通を各携帯して判示自動車を運転したという二個の事実を刑法一五八条の偽造有印公文書行使罪に当たるものとした(懲役二月および同四月を言い渡した)。
けれども、一般の偽造の公私文書、有価証券の行使罪の場合と同じく、偽造有印公文書の行使罪にいう「行使」とは偽造有印公文書であることの情を知りながらこれを真正に成立したものとして使用することをいい、その行使の方法は他人に交付若しくは呈示するのが通常であり、この場合でも必ずしもその他人がこれを閲覧し、ないし真正のものと誤信したことを要しないのであるが、この行使とは畢竟他人に対する外部的行為であって、偽造公文書を真正に成立した文書として他人(特定人若しくは不特定人)に閲覧しうべき状態におくことをいい、いわゆる備付行使を含む。けれども備付行使というのは、法令または実例上公務所その他の場所に文書を備付けて係員、関係人等が必要に応じ随時閲覧できるように扱われている場合に、かような文書として偽造にかかる文書をそこに備付けたときはこれによって関係人らに対し該文書を真正な文書として閲覧しうべき状態におく外部的行為があったものということができるから、これが偽造文書行使罪を構成することはいうまでもなく、判例学説も認めるところである。
しかし、たとえ法令上自動車を運転する場合に運転免許証を携帯すべき義務ある場合であっても、運転手が運転の際、偽造の運転免許証を単にポケットまたは自動車内に携帯所蔵しているだけでは、未だもって他人が随時これを真正な文書として閲覧できる状態においたものというに足りない。他人に対する外部的行為がないのであるから、これを原判示のように偽造免許証(有印公文書)の行使罪に当るものということはできない。被告人の判示所為は罪とならない。原判決は失当であって当審としては刑訴四一一条一号によりこれを破棄すべきものである。
(裁判長裁判官 島 保 裁判官 河村又介 裁判官 垂水克己 裁判官 高橋潔 裁判官 石坂修一)